1973年
兵庫県神戸市で生まれる
市営住宅で育ち、家族で役割を分担しながら暮らしました。忙しい中でも約束を守り、家族や地域で支え合うことの大切さを学びました。
医療現場での経験を原点に、地域の声を議会へつなげます。
流山市議会議員
神戸市で生まれ、徳島大学医療短大を卒業後、東葛病院で放射線技師として勤務しました。医療現場で市民の命と暮らしに向き合った経験を原点に、流山市議会議員として、地域の声を議会の確認と提案につなげています。
駅頭での市政報告、地域での聞き取り、現地確認、市民相談を重ねながら、子育て、福祉、交通安全、まちづくり、行政の透明性など、暮らしに近い課題を一つずつ前へ進めます。
生い立ち、医療現場での経験、地域で受け止めてきた声を、現在の活動につながる形でまとめます。
小田桐たかしは、神戸の市営住宅で育ちました。家族で家事を分担し、支え合いながら暮らした経験、家族の病気と医療費への不安、阪神・淡路大震災で目の当たりにした生活再建の難しさが、いまの活動の土台にあります。
東葛病院では放射線技師として働き、検査や受診をためらう患者さんの姿にも向き合いました。医療、福祉、子育て、住まい、交通の問題は、生活の中でつながっています。だからこそ、相談を受けた時は、現場を見て、資料を確認し、議会で必要な論点を整理することを大切にしています。
道路、学校、駅、公園、災害時の避難先など、相談のあった場所を確認します。
制度、予算、手続き、説明責任を整理し、市民生活への影響を質問します。
困りごとの背景を聞き取り、担当部署への確認や制度案内につなげます。
幼少期から医療現場、議会活動までを、公式プロフィールとして読みやすい形にまとめています。
1973年
市営住宅で育ち、家族で役割を分担しながら暮らしました。忙しい中でも約束を守り、家族や地域で支え合うことの大切さを学びました。
学生時代
中学・高校では部活動や生徒会活動に取り組み、徳島大学医療短大へ進学。阪神・淡路大震災の後には神戸へ戻り、被災地での支援活動にも関わりました。
医療現場
病気の早期発見や治療につながる検査に携わりながら、医療費や暮らしの不安が受診に影響する現実を見てきました。
市議会へ
20代で市議会に挑戦して以来、駅頭での市政報告、地域訪問、市民相談、議会質問を継続。相談内容を現地確認と議会での確認につなげてきました。
現在
議会運営委員会、市民経済委員会などで活動し、子育て・教育、暮らしと福祉、通学路・交通安全、まちづくり、行政の透明性を中心に確認を続けています。
活動の原点にある経験を、必要に応じて閉じられる形で整理しています。
子どものころから、家族で家事を分担し、地域の中で支え合って暮らしてきました。家族の病気を通じて、医療費の不安や、まじめに暮らしていても生活が不安定になる現実を身近に感じてきました。
この経験は、福祉や医療を特別なテーマとしてではなく、毎日の暮らしを支える基盤として考える姿勢につながっています。
阪神・淡路大震災の後、神戸で水運びや片付けなどの支援活動に関わりました。災害時には、情報、食事、移動、医療、住まいの一つひとつが生活に直結します。
東葛病院で放射線技師として働いた経験からも、命と健康を守る制度が、市民の暮らしと切り離せないことを実感してきました。
早朝の駅頭では、通勤・通学の様子やまちの変化を継続して見てきました。相談を受けた時は、道路や学校、駅、公園、公共施設などの現場を確認し、必要に応じて担当部署に聞き取りを行います。
議会では、感情的な批判ではなく、資料、制度、手続き、市民生活への影響を確認し、改善につながる提案を重ねていきます。
所属政党・会派はプロフィール情報として記載し、サイト全体では市民相談と議会報告を中心に発信します。
| 氏名 | 小田桐たかし |
|---|---|
| 生年月日 | 1973年6月12日 |
| 出身 | 兵庫県神戸市 |
| 経歴 | 徳島大学医療短大卒業後、東葛病院で放射線技師として勤務 |
| 期数 | 流山市議会議員 7期 |
| 所属委員会 | 議会運営委員会、市民経済委員会、議会広報広聴特別委員会、つくばエクスプレス沿線整備と新川耕地・周辺特別委員会 |
| 会派 | 日本共産党 |
| 所属政党 | 日本共産党 |
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神戸での生い立ち、医療現場での経験、震災支援、そして市議会へ。後援会のみなさんが綴った3部作から、小田桐たかしの人柄と活動の原点をご紹介します。
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